高田屋の主張
今日のソ連邦 1989年1月1日号
Posted Date:2008/10/02(Thu) 19:13
現在のノボスチ通信社にあった
ソ連大使館広報部が発行していたのが「今日のソ連邦」。

その1989年の一番最初、1月1日号の掲載記事です。

嘉兵衛の子孫、高田嘉七と
ゴローニン中将の子孫、ピョートル・ゴローニンが
レニングラード地理学協会で古文書を調査している模様なども掲載されています。

リコルドが著書の嘉兵衛肖像に捧げた言葉
「どの土地にもそれぞれの習慣がある。
しかし、真っすぐな善良な行為はどこでもそのまま通用する。」
帝政ロシア・ソ連・ロシア連邦と体制が変わっても、
ロシアの嘉兵衛に対する評価は、まったく変わっていません。
「今日のソ連邦」 マキシム・ルイリスキー記者(当時)は次のように記述しています。
嘉兵衛は、その権威と影響力が幕府の邪魔になるに及び、隠居し、1827年、その生涯を閉じた。
司馬遼太郎の「菜の花の沖」では、嘉兵衛が晩年、急に“燃え尽きた”ような記述になっています。
この小説の終盤の物足りなさを感じるのは私だけでしょうか?
司馬遼太郎晩年の作品でもあり、作者の“燃え尽き”を感じさせる結末部分だと思っています。
司馬遼太郎作品の中でも、フィクション部分よりも史実に重点を置いている中盤に比べ、
終盤の「書き急ぎ」が非常に残念に思います。
司馬遼太郎の作品は描写が素晴らしく、彼の作品が歴史となってしまい、
彼自身の価値観の影響は非常に強い特徴があります。
司馬遼太郎作品で触れられなかったこと
=史実としての重要視されない
=現実と思われない
このような錯覚を読者に与えてしまうことが残念でなりません。
(そうさせるのが司馬遼太郎の凄さでもありますが!)
その作品の中で触れられなかったことの方が、
高田屋嘉兵衛の歴史・功績・謎には興味深いことが多いように思っています。
菜の花の沖を読んだ後の「物足りなさ」の理由が自身でもわかりませんでしたが
マキシム・ルイリスキー記者の記述を目にしたときに理由が判った気がしました。
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