高田屋の主張

1833年 高田屋闕所 [高田屋嘉兵衛]

Posted Date:2008/09/14(Sun) 10:27rss

嘉兵衛没後、2代目金兵衛になった高田屋は

●旗合わせ

●密貿易

以上の嫌疑により

1832年 松前藩の取調べを受け

1833年 幕府評定所で闕所(全財産没収)となりました。

 

【密貿易】

ロシア船との密貿易の疑いがかけられましたが、

審問の末その事実は認められませんでした。

 

【旗合わせ】

高田屋の傭船(高田屋が借り上げた他者の船)が北洋でロシア船と出会った際

山高印の屋号を掲げ、無事通過したことを幕府に報告しなかったとの罪。

取調べの結果、全乗組員中その事実が認められたのは、

傭船の船頭ただ一人との記録が残っています。

 

要するに「旗合わせ」⇒鎖国法の拡大解釈により闕所となりましたが

冤罪であったことは明白です。

(1869年無罪確定するも没収財産の返還は未だに無い)

 

今はやりの「国策捜査」の典型と言えるもので

幕閣は、上記2点の罪で松前藩に起訴をさせて、

取調べで事実が出なかったのにもかかわらず闕所として高田屋を潰しました。

 

その理由は何故なのか?

 

次回以降で解説していきます。

 


 

★独り言★

属に言う鈴木宗男衆議院議員事件の際、

「ムネオフラッグを掲げた船はロシアに拿捕されなかった」

と報道がされていましたが、当事その関係の仕事を実際に行っていた弟子がいるので

そのような事実は全く無かったことをよくわかっています。

「ムネオフラッグ」などの発想は、高田屋の旗合わせ事件から得た発想なのは明白、

一般的ではない高田屋の歴史についての知識を持ち合わせていた人物を考えると

かのデマゴーグの発信元は、マスコミ関係者ではなく、ある機関なのが容易に考察できます。

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